「川連漆器」佐藤理事長にインタビュー | 伝統工芸は「かっこいい」

日本の伝統工芸品には、様々な素材や技法を使ったものがありますが、多くの人が真っ先に思い浮かべるものの一つに「漆器」があるのではないでしょうか。2020年10月、弊社のクライアントでもある秋田県漆器工業協同組合の佐藤理事長に、オンラインミーティングのお時間を頂戴し、「川連漆器」の魅力や、知っているようで知らなかった漆の歴史などをお話しいただきました。(冒頭の写真)秋田県漆器工業協同組合の皆さま、前列中央が佐藤理事長

1.漆製品をつくるのは、どのくらい手間がかかる?

伝統工芸品を名乗ることができる条件として、「製造過程の主要部分が手工芸であること」というものがあり、一般的にも伝統工芸品といえば「丁寧に手間暇を惜しまずに作られている」というイメージがあるのではないでしょうか。また、手作り感溢れる民芸品とは一線を画す「匠の技」が光る、洗練されたモノづくりというイメージもあります。川連漆器では、このような「匠の技」を持つ職人が分業制でモノづくりをすることにより、生産効率を高めているのだそうです。一つの製品が出来上がるまでには約10人の職人が携わり、工程ごとに5つのグループに分かれます。5工程というと想像より少ないと感じるかもしれませんが、細かく分けると30工程以上にも及ぶのだそうです。

川連漆器だけの技法も

5工程の中には、他の漆の産地にはない川連漆器ならではの技法が2つあります。一つ目は「燻製乾燥」です。漆を塗る前に、職人が削った製品の元となる木型(木地)を低温で1~2ヵ月間ゆっくりと燻り、水分量がほぼゼロの状態になるまで乾燥させます。古くから伝わる技法ですが、最近の研究によって、燻ることで木材の耐久性が上がるという科学的な根拠が見出されたのだそうです。また、これによって防腐や防虫効果も加わるため、さらに長い期間使用できるようになります。二つ目は「花塗り」です。他の産地では、漆を塗った後、最後に表面を研磨して仕上げることが一般的ですが、川連漆器では最後に漆をたっぷり塗って仕上げます。これによって、つやつやとして柔らかい質感が生まれる上、より耐久性の高い製品となります。この工程には、刷毛の目を残さない熟練した技と、漆の乾燥にかかる約5日の間、埃や塵が付着しないための細心の注意が必要となります。「花塗り」の語源は定かではありませんが、佐藤理事長は、いわゆる花形のような工程であることから、「花塗り」と呼ばれるようになったのでは?と、考えているそうです。川連漆器では今年、オリンピックに掛けて「花塗りんぴっく」を開催し、職人がその技を競い合いました。イベントとして観覧者が楽しめるということからも、全行程の花形であることが分かります。

時間を掛けて職人が丁寧に作っている=高品質

特に海外ではまだ漆製品に触れたことのない人が多いため、漆がプラスチックのように見えてしまい、「どうしてそんなに高価格なの?」と、疑問に思われることも少なくありません。しかし、木取りという木を削って形を作るところから始まり、漆を塗る前の下地の加工、そして燻製乾燥と、漆を塗る前の工程だけでも数か月を要します。塗りの工程に入ってからも、漆は時間に比例して硬度が上がる性質があるので、強度の高い製品を作るためには、急いで作業を進めるわけにはいきません。漆にプラスチックを混ぜて、作業の簡略化やコストの削減を図る製品が存在する中、川連漆器は100パーセント混じりけのない漆を使用しています。手間や時間を掛けることで、より長く使うことのできる高品質な製品となるのです。

2.日本の漆は江戸時代から海外で人気?

英語のChinaには、陶磁器などの焼き物という意味があることはよく知られていますが、実は英語のJapanには漆や漆器という意味があります。川連漆器は800年前から漆製品を生産しているため、その長い歴史の中で、製品が海外へ渡っていた可能性もゼロではありません。鎖国中も貿易を続けていたオランダの商人によって、日本の様々な製品が、江戸時代にヨーロッパへ渡っていたという史実もあるようです。マリーアントワネットの母親として知られているマリア・テレジアは、中国や日本の焼き物や漆器のコレクターという一面もあり、今でもオーストリアにはその多くが貯蔵されています。佐藤理事長から、このような逸話も教えていただきました。マリア・テレジアが持っていた漆の化粧台には、繊細な絵(蒔絵)が描かれており、それがヨーロッパの高貴な女性たちの間で評判となりました。同じものを買いたいという希望者も多かったものの、鎖国中で日本の製品は容易に入手できなかったため、替わりに中国で似たものを調達しようと試みられました。しかし、中国には繊細なタッチの蒔絵を描くことのできる職人がおらず、全く異なる出来栄えになってしまったのだそうです。英語のJapanは「漆」ではなく、「蒔絵」を指していたのではないかという説もあるようです。繊細な「蒔絵」が、世界に誇ることのできる日本の漆製品の特徴の一つであることは、間違いなさそうです。

3.ヨーロッパと日本のニーズの違いで苦労されていることは?

川連漆器は、現在既にヨーロッパへ漆製品を輸出しており、ロンドン市内の高級レストランで使用されたり、パリやモナコの高級インテリアショップで販売されたりと、ヨーロッパの富裕層から支持されています。しかし、ここに辿り着くまでには苦労もあったのだそうです。

イギリスのレストランは暗すぎて何も見えない!?

イギリスのレストランの店内は、ディナータイムはキャンドルの灯りや間接照明のみということも珍しくなく、せっかくの美しい器を鮮明に見ることができません。このような薄明りの中で、料理の持ち味を引き立てるような器でなければ、高級レストランといえども、わざわざ高級な食器を使いたいと感じないのではないでしょうか。谷崎純一郎の『陰翳礼讃』 というエッセイの中では、日本文化は暗闇と融合することによって独自の芸術を生んだという持論が展開され、薄明りの中での漆の美しさが賞賛されています。漆の艶やかな表面や、明るい中では少々派手すぎるかもしれない金色の蒔絵が、薄明りの中ではとても魅力的に見えるのだそうです。また、暗闇の中では触覚が頼りとなるため、水分を含むと手に吸い付くような質感になる漆の良さも際立ちます。したがって、実は漆器は暗いイギリスのレストランの店内にぴったりの食器であるとも言えます。漆製品をあまり知らない海外のクライアントには、このような魅力を写真や言葉で伝えるのは難しく、実際に体験してもらう必要があるため、最初の段階で苦労されたことが想像できます。

フランス料理のルールが厳しすぎる!?

当初はイギリスと同様に、フランスでもレストラン向けに食器を販売したいと考えていた佐藤理事長ですが、フランスでは「この料理にはこの器でなければならない」という固定概念が強すぎるため、インテリアショップでの販売へ方向転換を余技なくされました。食へのこだわりの強いフランス人だからこそ、良い食器を使いたいはず…という目論見が、意外な方向に外れてしまったようです。

4.逆に海外でウケていることは何でしょうか?

環境に優しい

川連漆器の製品は純木(そのほとんどが地元の山脈から)を使用しており、塗りに使用する漆にはプラスチック等の素材を一切混ぜていません。また、地元の職人が手作業で一つ一つ丁寧に刷毛で塗っているということも、ヨーロッパの人の感動を呼びます。

天然素材なのに抗菌作用もある

燻製乾燥によって生まれる防腐や防虫作用だけではなく、実は漆そのものにも抗菌作用があります。バクテリアや大腸菌は、漆の表面上では24時間以内に死滅するため、食器に非常に適した素材であるといえます。天然素材であることからは想像しがたいメリットであるため、意外性もアピールポイントとなっているのかもしれません。

5.今後の目標は?

「本物の漆を知ってもらいたい」

漆風の製品と本物の漆の製品とでは、手に取った時の風合いが全く異なります。本物の漆製品は木を削って作られているため、側面と底に特融の厚みがあるのに軽く、漆の塗料は手の水分と馴染んで、吸いつくような触感があります。また、時間と共に硬化が進み、色も変化するという漆の特性から、使い手が自分で育てる食器であるともいえます。このように魅力的な漆製品ですが、国内での売り上げは年々減少しており、川連漆器の職人の平均年齢は約60歳と、このままでは川連漆器だけではなく、漆の文化そのものが日本から消えていってしまうのではないかと、佐藤理事長は懸念しています。しかし、逆に言えば大手企業が参入できない市場であるため、川連漆器は独占企業であるとも考えているのだそうです。

独占企業だから新しいことを

海外進出そのものが新しい取り組みのようにも思えますが、国内の需要が減少傾向にある今、海外に目を向けるというのは納得ができます。しかし、海外でも漆風の製品が出回っているため、価格が高く、取り扱いにも注意が必要な本物の漆製品が売り上げを伸ばすのは、想像以上に困難な道のりとなります。佐藤理事長はこういった背景も熟知した上で、「モノづくりに限界はない」と、今までにない漆製品にも果敢にチャレンジしています。海外進出や新しい技術の開発に成功できれば、それらを独占することも夢ではありません。

食洗器対応の漆100パーセントの食器

たとえば、漆風の製品は電子レンジや食洗器対応であることが多いため、レストランでの需要が期待できます。実際に、ヨーロッパではこれらに対応しているか質問されることも多いようです。そこで、100パーセント漆を使った製品でも同じことができないか研究をはじめ、理論上は問題ないというところまで開発が進んでいるのだそうです。今年中に製品として発表できるかは未定だそうですが、期待が高まります。

芸術としての「漆」。アーティストとのコラボも

川連漆器は、デザインスタジオ「タンジェント」の吉本氏とコラボレーションし、レクサスアワードのトロフィー、スタンドライトやシャンデリアのような、既成概念に囚われない作品も産み出しています。また、川連漆器が誇る技術を使ってガラス製品に蒔絵を施したり、時計の文字盤を塗ったりという新しい可能性も探っているそうです。

伝統工芸はカッコいい

ご自身ではモノづくりをされない佐藤理事長ですが、「漆の産業をかっこよく見せることが仕事」だと仰っていたのがとても印象的でした。伝統を守りながらも、どんどん新しいことにチャレンジされている姿勢、海外進出にも挑む姿勢をかっこいいと感じる若い世代も多いのではないでしょうか。海外で本物の漆を広めることができれば、国内でも漆の魅力が再認識される可能性もあり、職人を目指す人も増えるかもしれません。川連漆器では3年間の職人養成学校があり、出身地問わずコースに参加することができます。総務省が「地域おこし協力隊」として募集もしているそうです。弊社では川連漆器の魅力を海外の人に広め、「漆産業はかっこいい」と感じる人が国内外問わず増えていくよう、少しでも力になれればと感じました。川連漆器の英語版公式サイト

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