文明は文化を破壊するのか?グローバル化と多様性

文化文明違い

「文化の日」なので……

11月3日は文化の日です。この日が国民の祝日になった理由は1946年に日本国憲法が公布された日だからで、「文化の日」と名付けられた理由は日本国憲法が平和と文化を重視しているからです。しかしこれ以前からも11月3日は明治天皇の誕生日であるため、明治節と呼ばれる祝日でした。

偶然かもしれませんが、日本語の「文化」という言葉が作られたのも正に明治時代でした。明治時代には多くの外国語を翻訳した新語が生まれており、「文化」もその中の一つです。元々はドイツ語の「Kultur」を翻訳した言葉で、当時は英語の「civilization」と同義とされていました。しかし明治中期頃には「civilization」を翻訳した「文明」という言葉が生まれ、「文化」と区別されるようになりました。明治維新といえば文明開化を連想しがちですが、実は「文明」は少し後になってから生まれた言葉だったのです。

ここでは「文化の日」にちなんで、「文化」と「文明」について考察していきます。

文化と文明の違いは?

明治時代にわざわざ新語を作って「文化」と「文明」を区別したことからも分かるように、この二語には異なる意味があり、一般的に下記のように使い分けられます。

「文化」と「文明」の使い分けは、「文化」が各時代にわたって広範囲で、精神的所産を重視しているのに対し、「文明」は時代・地域とも限定され、経済・技術の進歩に重きを置くというのが一応の目安である。

   goo辞書(https://dictionary.goo.ne.jp/word/文化/)より引用

このように「文化は精神的なもの」「文明は物質的なもの」に対して用いられることが多いようですが、一応の目安でしかありません。例を挙げるなら和紙を作るのは文明の力ですが、そこに和歌を綴るのは文化の力でしょう。しかしながら和紙も日本文化と呼ばれることが多いです。

実はこの二語は様々な国で明確な定義がなく混同されてきた歴史があり、現在でも議論がなされています。したがって日本語の「文化」と「文明」にも決定的な違いはなく、様々な見解があります。

文化と文明の混同

あえて記す必要もないでしょうが「文化」の英訳は「culture」です。語源は英語の「cultivate」だとする説が有力で、これには「耕す」という意味があります。畑を耕して長期的に農作物を作ることや、その方法を伝承することが文化だと考えるとイメージしやすいかもしれません。

しかしながらフランス語にも英語と全く同じ綴りの「culture」という言葉あり、20世紀初頭までは「人類の進歩」即ち「文明」の意味で使用されていました。当時のフランス語には「文化」に相当する言葉が存在しなかったとも言われています。一方ドイツ語では既に「Kultur」を「文化」、「zivilisation」を「文明」と区別していました。またドイツでは文化は文明よりも格上だとも考えられていたようです。

当時のフランス語の「culture」は自国の文明の力によって他国を侵略する植民地支配的な価値観を内包しており、それがドイツの文化的な思想の方がより高尚とする価値観とぶつかったことにより、第一次世界大戦の引き金になったという説もあります。

文明は文化を破壊するのか

植民地支配のように高い文明を持つ集団が別の集団を侵略する時、文明の低い集団の文化は淘汰され、高い文明を持つ集団の文化と同一化されます。しかし文明の低かった集団は高度なインフラを手に入れ、より便利で快適な暮らしが出来るようにもなります。

日本は歴史的に他国に植民地化されたことはありませんが、自国の文化を失ってもおかしくなかったであろう危機もありました。明治維新後や第二次世界大戦直後、或いは西洋の船が日本を訪れるようになった戦国時代などには高い文明を進んで受け入れた結果、いつの間にか自国の文化が滅んでいた可能性もゼロではありません。

それなのに今でも日本には海外の人を魅了する独自の文化があります。それが保たれてきた理由を言及するのは難しいですが、武士道や仏教的思想など日本人特有の精神性が関係しているように思えます。文化が精神的なものだと考えられる所以もここにあるのではないでしょうか。

グローバル化が進むからこそ、個の多様性を

現代はインターネット、スマートフォン、SNSなど、地球上のほとんどの場所に画一化された文明があります。これはどこかの国による侵略行為ではありませんが、どこにいても同じ情報やコンテンツを目にすることが出来るのは便利な一方で、その地域固有の文化が破壊される恐れもあります。大袈裟な表現になりましたが、例えば郷土料理を好んで食べていた人達がインターネットで別の地域から食べ物を取り寄せ続けたら、その地域の郷土料理は過去の遺産になってしまうかもしれません。

グローバル化を進める中で個の多様性を重んじるべきだというのは一見矛盾しているようで、世界の誰とでも簡単に繋がることが出来るからこそ、自分たちの文化やアイデンティティを大切にするべきだという暗示なのかもしれません。

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